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2006年に会社を辞めて起業、一時は急成長するも失敗、2012年にすべてを失いコンビニのバイト店員に。全財産100万円を元手に株で再起を図る。まずは目標1000万円。
コンビニのバイト店員が株で圧倒的に勝つ!
12月13日 最後の思い出
2013-12-13-Fri  CATEGORY: 未分類
4751サイバーエージェント400株を4,285円で損切り、6301小松製作所700株を2,037円で利益確定。
その後2432ディーエヌエー700株を2,100円で、6501日立製作所2,000株を753円で買い、持ち越し中。

今日は-47,460円の負け。

私の父は身体障害者だった。
ただし、後天的なものである。

戦争の後遺症だということだけ知っていた。
しかし父は戦争のことは何も語らず、くわしいことは知らないままだったし、知りたいとも思わなかった。
ただ、私は父が嫌いだった。

父に代わって働く母を見るにつけ、いつも不思議に思った。
なぜあんな男と結婚したのか。
実のところ、父と母は、年齢もかなり離れていた。

今日は父の命日である。

葬儀の時、不思議なことがあった。
父の親族が、たった一人しか来なかった。

来たのは父の実兄、すなわち私の叔父で、しかもこっそり来ている雰囲気だった。
その叔父は、遠方に住んでいるわけでもないのに、父の生前会ったのも一度きりで、父の葬儀後も再び会うことはなかった。
そして、父の他の親族とは、いまだに誰とも会ったことはない。

しかし父の死後、ふとしたことから戦時中の派兵先を知り、謎が解けた。

派兵先はアッツ島。
父はその生き残りだった。

生還した父は、一族の恥さらしだったようだ。

今は、父がどうやって生きて日本に帰ることができたのか知りたいと思うが、もはや聞くことはできない。

葬儀の日、ひつぎに入れられる前に安置されていた父の遺体を見た時、首が少し曲がっていたので直そうと思い、父の頭を持ったところ、驚くほど冷たかったのを思い出す。

その時、ああ、父は本当に死んでしまったんだ、と思った。
それが父との最後の思い出である。

すすんで出兵したわけでもなく、望んで障害者になったわけでもない。
生きて帰ったことすらさげすまれ、不自由ななかで送らなければならなかった人生は、さぞかし無念だったと思う。

父の無念をはらすことができるのは、今は自分しかいないと思っている。

現在の運用資金 1,054,066円
1000万円まであと 8,945,934円

現在の口座サマリー
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